名刹西明寺は大人の世界

 庭園鑑賞第二弾の三回目は湖東三山の名刹西明寺である。秋の紅葉時はバスを連ねて観光客が訪れるが、今頃は静かに庭や境内を眺めることができる。
 堂々たる三重塔と檜皮葺の流れるような屋根をもつ本堂(共に国宝)は立派だ。この境内の入り口となる二天門が幽玄の世界の入り口なのである。創建は834年(平安初期)。
 この寺は下の道路からは坂を上り詰め、庭園の高さからは更に坂を上って到達できる。汗して登る価値はある。
 湖東三山とは東から西明寺、金剛輪寺、百済寺(ひゃくさいじ)をいう。すべて開祖最澄が開いた比叡山延暦寺と同じ天台宗の寺院である。(ちなみに浄土宗は平安時代末期、宗祖親鸞が開いた浄土真宗は宗教団体として普及するのは第8代宗主蓮如上人(1415~1499年室町時代)の時からである)。
蓬莱庭池と石組みの蓬莱庭
 ここの庭園は池と奥にせり上がる石組みを配し、奥行きを出している。石組は苔むしていて、年月を感じる。
蓬莱庭の百日紅剪定できていない百日紅。太く、樹高は高い。
蓬莱庭の苔むした回廊本堂へ通ずる苔むした地面と木と石の空間。
庭園1庭園入り口の植栽群。奥の針葉樹、手前のモミジ等手入れはされている。
庭園2サツキの仕立物。バックに松、梅がある。
本堂本堂
本堂前の植栽本堂前の植栽。ドウダンか何かで、なぜここに背の低い植栽を。それも形をつけるために一本ではなく、数本植えている。
三重塔三重塔。意外と上品に佇み、堅牢に見える。
二天門二天門
二天門の像1 二天門の像2
二天門の左右の像

 滋賀の古刹文化、如何でしたか。神社仏閣は割と興味が湧くと思う。本堂と三重塔が同時に見える二天門の前にでも佇めば、落ち着いた世界が広がる。暫くは静かな時間が過ごせそうだ。
 是非、足を運んでいただきたい。

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[ 2017/05/22 10:15 ] 滋賀のこと | TB(0) | CM(2)

クレマチスが佳境に

 昨日から涼やかな風が吹き肌寒さを感じる。風薫る爽やかさと日の光の明るさは、一年の内で一番精神の高揚を感じる時でもある。この田植えの時期が、花が咲き始める目安になっているクレマチスがきれいな様相を披露してくれる。
 クレマチスも購入して4年目になり、5本の内2本が枯れ、他に3本買い、今年2本を買って全部で8本になった。うち4本が鉢植えで早く植え場所の整備に駆られている。

 [現在咲いているクレマチス]
①エンプレス・オブ・インディア(ジャックマニー系)
エンプレス・オブ・インディア0015/9
エンプレス・オブ・インディア0055/14
エンプレス・オブ・インディア0025/14
エンプレス・オブ・インディア0035/16
エンプレス・オブ・インディア0045/16
 昨年師匠の教えに従い、枝の3分の1よりは高めに切ったら、枝がよく伸びて支柱をはるかに超えている。師匠は支柱の高さに調整するように進言いただいたが、上手くできなかった。伸びる枝を誘引したが、成長に追いつけない。

②スイセイ2号(パテンス系)
スイセイ2号0015/9
スイセイ2号0025/16
 兵庫のブログ子からみれば、高値掴みで買ったようだ。樹勢は弱い木なので、成長が遅い。枝が全然伸びない。

③ベル・オブ・ウォーキング(パテンス系)
ベル・オブ・ウォーキング201705165/16、紫がややあずき色が混じったような冴えない色合い。
 昨年黄金にやられて二代目。満身創痍の木を値切って買ってきて、今年は豪勢な蕾を付けている。やっと咲き始めた。

<今日の一曲>
 ミッチ・ミラー楽団の「クワイ川マーチ
 なぜか懐かしい。合唱団の声に共感する。
[ 2017/05/17 23:54 ] 自然 | TB(0) | CM(6)

胡宮神社は敏満寺が守る

 多賀大社に続く、庭園鑑賞第二弾のその2は胡宮(このみや)神社(多賀町敏満寺)。多賀大社から国道307号線を西へ2㎞ほど進むと道路沿いに木立の中にある。
 通る時はいつも、何かあるとは思いながら、やり過ごすだけの旧跡だった。中に入ってこんなに由緒のある神社とは露知らず。
 この神社の祀り神は多賀と同じの伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)に加えて事勝国勝長狭命(ことかつくにかつながさのみこと)の三神である。鎌倉時代には天台宗敏満寺の鎮護の神としてさかえた。
胡宮神社石垣に守られた本殿石垣に守られた本殿
胡宮神社本殿本殿の千木の横木に菊のご紋と葵のご紋ともう一つの紋が入っている
胡宮神社拝殿拝殿正面

 立派な拝殿と本殿は戦国時代に兵火に遭って焼失したが江戸時代(1638年)に再興され今日に至っている。
 宝物に銅製五輪塔(重文)がある。本物は京都国立博物館に保管されている。地元には複製が展示されている。俊乗房重源(しゅんじょうぼうちょうげん)が敏満寺にお礼に贈ったものである。で、この俊乗房重源なる人は如何なる人物であるか。

 次代が遡ること天平時代の758年に奈良の東大寺が聖武天皇の尽力により建立された。そのお祝いに敏満寺の当時は’いむま’と称された荘園の土地を東大寺に寄進した(この時のいむまの荘園図絵が正倉院の御物として残っている)。東大寺とのただならぬ関係ができた。
 で、また一つの大きな疑問であるのが、なぜ、鈴鹿の麓のこの片田舎が東大寺に土地を寄進したのか。

 これも、遡ること数年の僅かの年と推測されるのが、聖武天皇が奈良に大仏殿建立前に紫香楽宮(現滋賀県甲賀市信楽町)で大仏建造を開始したが天災等に阻まれ、都を平城京に再び戻し、大仏殿を現在の地で建立した。多賀と紫香楽は現在の国道307号線上に位置し距離も50㎞ほどの近さである。
 多賀の人たちは自分たちの近くに都を持ってこようとした聖武天皇に尊敬の念を持つとともに、親しみを感じたのかもしれない。それが土地の寄進につながったのかも知れない(これはわたしの推測)。ちなみに、信楽から更に307号線を西進し、大阪の枚方の手前の京田辺市で国道24号線と交差し、これを南下すると奈良に至るのである。

 東大寺と多賀敏満寺の接点は理解できたが、まだ重源の活躍が出てこない。時代はかなり下り、1181年源平の争いで東大寺は平家の兵火で大仏殿ほかの堂塔を失った。そこで大仏や諸堂を再興するのが、大勧進職の61歳の僧、俊乗房重源である。
胡宮神社五輪塔碑文五輪塔贈呈の石碑
 「重源は全国から浄財を募り再建に専念していた。敏満寺では逸早くその要請に応じ存分の誠意を示した。重源の満悦只ならず異例の謝意を表したのがこれである」。と石碑に説明がある。

 なんとも奈良と多賀の遠くて、ゆったりと時間が流れる中に大いに興味を引くつながりを感じさせられる。

 寺の敏満寺は寺跡もよく分かってはいない。胡宮神社の領地内にあったのかも知れない(神仏習合による)。寺社領は多賀大社より広い。胡宮神社の創始が500年ごろで、敏満寺が創建されたのが850年頃のようだ。1562年頃に湖北の浅井長政に焼かれてしまい、復興後に再度織田信長により焼かれてしまう。現在の名神高速道路の多賀サービスエリア一帯に40数坊があったいわれている(敏満寺の歴史家)。僧兵が勢力を増した時代である。その後敏満寺は廃寺となった。

 現在、胡宮神社の管理は地元敏満寺の人たちが守りをしている。神主を委託雇用し、催事があれば遠方から駆けつけてくれる。年1千万の予算で神社と寺(明治期の神仏分離で壁が設けられたが)の建物、樹々の管理をしているが、とてもおカネの面も人手の面も工面できず十分な対応ができていない。
胡宮神社観音堂観音堂、これの右側にある大日堂の荒廃が激しい
胡宮神社の伸びすぎたモミジ伸びすぎたモミジ
 寺の部分の荒廃がひどく、木(モミジと2本の赤松)が大きくなりすぎ、そのために寺の建物が朽ちかけている。ボランティアの人たちが立ち上がって行動しているが、危険な作業でもあり、遅々として進んでいない。
 ここには二基の神輿がある。4月の例祭の渡御には神輿の担ぎ手を集めるのに苦労すると、地元の説明者が仰っていた。
 仁王門からの上り坂にはモミジがきれいで、紅葉時には沢山の見物客が訪れる。
 名神高速を利用されたら一度多賀サービスエリアで休憩して山側を眺めてください。そこが胡宮神社領です。歴史ロマンに思いを馳せるも良し。

 如何でしたか。歴史には勉強でかじったことの断片が出てきて、どこかで符合があうと、それはそれで楽しいものである。いろいろと推理するのも面白いものである。
 次回は西明寺です。

<ネコ便り>
シロと母猫クロペア
 母猫とクロは最近、べったりしている時が多い。引きかえシロは独りの時が多く大人になった?

<今日の一曲>
 ナナ・ムスクーリの「Panis Angelicus」(天使の糧)
讃美歌の中の一節。彼女の声は耳にくすぐったい。
[ 2017/05/13 23:07 ] 滋賀のこと | TB(0) | CM(2)

雨降って畝作り捗るか

 やっとまとまった雨が昨夜から降った。土は固く、掘り出した土は細かな土埃のようになって、塊にならない。いかに堆肥の投入が必要かよく理解できる。
 今年の野菜作りのテーマが「土づくり」で、よく耕す、堆肥を大目に投入するを主眼に、まずスコップでよく掘ることから始めている。
 それなのに雨が降らず、畝の間の通路の固いこと。この雨で畝作りが加速しそうだ。
 はやく植えこみたいために、7日にぱさぱさの土を掘り起こして畝を形成してトウモロコシを42穴分の種蒔きを終えた。
土起こしトマト畝2つ分の土起こし
 懸案のトマトの畝作りは青枯れ病を予防するために、とにかく土を掘り起こして日光にさらし、土を乾燥させること。青枯れ菌は乾燥に弱く、この雨降らずの状態はプラスになった。スコップ二つ分の深さの土を掘り返した。重労働。耕運機で20㎝程度の深さの土を掘り返しているのが稚拙に見えてきた。トマト苗は育苗中でひょろ苗が少しずつ頑丈に育ってきた。植え付けはまだ大分先だ。

 前の記事で玉ねぎが葉の先端部が枯れてきたと書いたが、現象が分かったが、なぜ発生するのかが分からない。
玉ねぎの葉替わり1枯れているのが目立つ玉ねぎ。
玉ねぎの葉替わり2真ん中に新しい葉が生えている。

 写真のように葉が生え替わってきたのだ。古い葉が枯れて新しい葉が成長している。今の時期にそんなエネルギーを葉に取られて、玉が肥大しないではないか。なぜ、葉が替わる???。疑問符だらけ。

 目指せナポリのスパゲティ
目指せナポリのスパゲティ
 いかのフライ(惣菜コーナで買ったモノ)はもっとサクサクしている方が良い。スープは出来合いのブイヤーベースと自家製トマトペースト。スープがなぜか少なくなる(麺が吸う?)。味としては合格点。
 今までカボチャやサツマイモ、穴子の天ぷらを入れたりして、試食したが今日のイカが旨い。まだまだ遠いナポリのスパゲティ。挑戦は続く。

<ネコ便り>
母猫とクロちゃん
 母猫とクロちゃんが田んぼで何をしているのか目で追ったら、柔らかい土なので母猫が排せつしていた。それをクロちゃんが追跡していた。最近クロちゃんは赤ちゃん返りして、ひところの逞しさは無くなった。娘らしくなった?。

<今日の一曲>
 ビゼーのカルメンの「ハバネラ
 カルメン役はアンネ・ゾフィー・フォン・オッター(メゾソプラノ)
[ 2017/05/10 23:12 ] 野菜 | TB(0) | CM(4)

孫来る?

 トマ爺に孫いたの?。----
 ハイ、実は昨年の3月に結婚した息子に3月に男の子が生まれました。
 ウソだろ、猫の子どものことを言っているではないか。
 いいえ、れっきとした人間の子どもです。
端午の節句息子が小さい時に飾っていた端午の節句の飾り。15年振りぐらい?

 前に息子が子どもの日に赤ちゃんを連れて行くので、飯の用意をしておいて、と言って連れてきた。これで会うのは4回目。
 奥さんはいそいそと飯の支度をして待っていた。
 孫は横になっていても手足をバタバタとしてせわしない。実に元気な子である。それに加えて名前が良い。息子が考えていたようで、明解な一字で命名した。
 息子が生まれた時、わたしが考えた名前がことごとく否定され、役所に届ける最終日に、やっと義父が神社の神主に見てもらった名前を申請した。息子はそのことが頭にあったのか早めに決めていたようだ。オヤジの失敗は僕はしないと、息子は考えていたのかもしれない。ひょっとしたら息子は自分の名前が気に入らないと思っている?。
 奥さんは小さな赤ちゃんをいとも簡単に手際よく抱っこしてあやしている。昔の子ども達の小さい時を思い出すように。わたしも昔は子供たちを風呂に入れ、授乳もした。下の世話はしなかったが。そんな思いが蘇って、わたしも孫がある爺になったと感慨を覚えた。
 でも、毎日家にいるわけではないので、猫を可愛がることに変わりはない。孫が愛おしい分、猫がますます可愛くなってきた。

 春に咲いた咲いた花たち第二弾。---庭を飾る花たち②
山吹・兼六園桜
 山吹(満開中)/兼六園桜(八重の桜)、現在満開中)
春の花々たち2
上段:ライラック(木は貧相)/チューリップのハウステンボス/高木のアメリカ花水木(花が少ない、散り初め)
下段:ハナズオウ(日当たりに移植して花付き良し)/ウェディングブーケはピンクから純白ウェディングに、花は昨日すべて摘んだ
春の花畑千3
左上:ショウブ?/紫木蓮(今年も花が少ない)/スモモ/椿/左下:ユキヤナギ

<ネコ便り>
お澄ましのシロ爺、わたしも可愛がってね、と媚を売る。
 シロちゃんの眠い顔から少しすっきりと。鼻かぜがやっと治った。気温の変化で猫は体温調節が難しいのか。

<今日の一曲>
 ジュール・マスネの歌劇「タイス」から「瞑想


https://www.youtube.com/watch?v=7QtGOWemQhY
[ 2017/05/06 23:49 ] 生活 | TB(0) | CM(8)