ネコだってストレスがたまるんだ

 お約束通り「ネコ便り」を。
 現在アカチャンネコは4匹から3匹に。母猫は家をたびたび空けるようになった。
 20日外出先から帰ってくると、百日紅の木の下で休んでいるクロちゃんと子ネコ2匹の内の1匹がぐったりしている。異様に頭が後ろに反り返っている。頸椎が折れているようだ。クロちゃんは動かない子どもを苛立たしげに嘗め回している。が、意識が戻る様子はない。クロちゃんの子どもの運び方が実に危なっかしい。首の後ろをくわえて持ち上げるのが、クロはなぜか顔をなめて倒して喉仏の辺りをくわえている。移動の間に障害物に当たって強引に引っ張っていくと首は後ろになる。
 そんな事故が起こったのかも知れない。その夕方に寝床に運び、翌日は姿が見えず、その翌日外出先から帰ると、跡形もなく消えていた。どこへやったのだろう?。
 こうして子どもは3匹になり、ここ2日は元気に動き回っている。黒のまだら模様は元気が良すぎるのか、片目を傷めている。そしてあと2匹の白栗毛はシロちゃんの目の遺伝子を受け継いだのか、腫れぼったいピンクの目をしていて、これでちゃんとした目になるのだろうか。
 マダラは1mの雨除けに被せたビニールを爪を立てて登るが、降ろしてやろうと手で持つと、高い位置なのに、石の上に飛び降りる。後の2匹もじゃれ合う楽しさを覚え、取っ組み合いをしている。
 白栗毛の1匹は爺の動きを察知して、寄ろうとして、わたしの前で立ち止まる。人の気配を感じ、小さい時から人への懐こさを出すようである。
子ネコは3匹に

 母猫のシロとクロは授乳の手抜きをするも、子どもの面倒は見ている。最近よくシロとクロが取っ組み合いをするようになった。我が子ができた実感を体現しているのか、はたまた育児でストレスがたまってそのはけ口にしているのか。
 育児をしてそのやるせなさを誰かに慰めて欲しいと、やってくるのがシロちゃんである。畑で作業していると、必ず30分おきか1時間おきに爺のところへやってきて、地面に背中を擦り付けて、抱っこをねだる。抱っこして体をさすり、話し掛けてやると、じっとなすが儘に気持ち良さそうにしている。それが終わって初めて餌を食べる。餌が残っていても同じである。餌への催促序に撫でて欲しいという魂胆である。
 時にシロばかりではと、クロを抱っこしてやると「爺どうしたの?」と、それでもはにかんでいる様子である。

 シロとクロの母猫(おばあちゃん)はまた妊娠したようだが、家を空けるようになった。生まれてくる子どもを男のところへ認知するように迫っているのか、時に餌を食べに戻るだけだ。自分の娘に子どもができると、母猫は猫の数が多過ぎると判断して、育ての家を別にするのだろうか。いずれ、答えは母猫が子どもを産んでからの行動で分かる。

 子ども達が活発に動くようになってきた。いつ里親に出そうか決断を迫られる。

<今日の一曲>
 ボロディンの弦楽四重奏曲 第2番の第3楽章「ノクターン
 ボロディンといえば、歌劇イーゴリ公の中の「韃靼人の踊り」とかが有名ですね。
 このノクターンはNHKのキラクラでかかった曲。今まで何度か聞いた曲だが、クラシックとは知らず、現代の何かのテーマ曲と思っていた。
 全体は割と退屈な曲で、この第3楽章だけが突出している。こんなことを言っているようじゃ、まだまだ聞き込みが足りないねぇ。
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[ 2017/06/24 23:52 ] 生活 | TB(0) | CM(4)

ブドウの実を生らせたい

 待ち望んだ雨はすべての埃を洗い流して、さっぱりと気分まで潤いをもたらしてくれた。前回雨が降ったのが7日なので、2週間ぶりである。
 雨を受けた日数は、キュウリとトウガラシ類の定植後は2日、茄子は1日と極端に少ない。野菜栽培の先生に聞くと、毎日の柄杓1杯の水遣りでは駄目で、1日置きでも5,6杯の水をやりなさいと教えられた。
 そうであったか、ナスが背が伸びない理由は土に十分浸透しない水遣りであった。
ノイバラ1
 以前に花の咲かないバラ(?)の写真を載せたが、小さな蕾の集団ができて、一気に花が咲いた。ノイバラであった。鳥が運んできたひとりばえである。以前はサザンカの傍に生えていたのを移植して2年目に花を付けた。棘だらけで枝は旺盛に伸びる。有ろうことか、わたしはブドウの隣に植えてしまった。
ノイバラ2

 春にノイバラにアブラムシが大量に発生してもすぐには対処できず後手にまわった。バラと交錯するブドウに多くの小さな実を付けているのを発見。昨年も付けていたのを、どうすべきかが分からず放置しておいた。そして今年はボランティアの集まりで、果実を作る人がいていろいろと実を生らそうと、取り組んでいる人が何人かいる。
 ここはひとつ挑戦せねばならない。友人のお姉さんがブドウを作っているというので見学に行き、支柱のイメージを膨らます。友人の助けを借りながら、適度の大きさに支柱を切断して設置。そして、全然手を入れていない倒れた木を、地上から自分の背丈にまで起こし、支柱で吊り下げた。
ぶどう棚左方向に伸ばす予定。昨日、雨が降る前に急いで支柱の上にビニールを張り、雨除けにした。

 先週には1回目のジベレリン処理をした。週末、注文の薬品が入荷すれば2回目の薬品処理をする。
 一部の細い枝にできていた実は水分を吸い上げる力が無いのか枯れ出しているのが散見できる。でも、中にはすでに3ミリぐらいの大きさの玉に肥大したのもみられる。一房でも良いのでできれば万々歳と思っている。
 このブドウはお袋が植えたのを、わたしがここに多分、移植したものである。品種は、お袋の注文時を微かに思い出し、多分、巨峰である。
 笹に苦しめられて、一昨年から笹取りをして、整備途中の植え場所である。ブドウの木の根も大分切ったことがある、打たれ強い木である。
 果して、このブドウに対する手入れに応えてくれるかどうか。今後の更なる対処に掛かっているようにも見える。
[ 2017/06/21 23:20 ] 庭仕事 | TB(0) | CM(2)

滋賀の巨木・名木探訪

 雨が降らない。毎夕の水遣りが大変だ。やっと昨日あたりから暑さが戻ってきて、心なしかトウガラシ類の枝葉に勢いがついてきた。
 今日の本題は、先月に参加した巨木巡りの話題を遅ればせながら紹介しましょう。

 国内には巨木といえる大きな木が数多く存在するが、滋賀県にも幾つか存在する。以前にも巨木を紹介したが、今回は県の湖東方面の巨木を見学する機会を得て同行した。(以下の説明は同行の樹木医の配布資料から得ている)
⒈慈眼寺の三本杉
 彦根市野田山町、幹回り5.1m、樹高35m、樹齢300年(推定)
慈眼寺三本杉
 三本の巨木がほぼ引っ付いた状態で成長している。枝も大きく湾曲して普通の杉の太さくらいはある。よくその重さを持ちこたえられるのが不思議。慈眼寺は曹洞宗の寺。
2.池寺の柊
 甲良町池寺、幹回り2.4m、樹高7m、樹齢300年(推定)
池寺の柊
 全国でも最大級の老柊であるようだ。満身創痍の幹は穴が開き、永年を耐えてきたことを物語る。
3.北花沢の花の木
 東近江市北花沢町、幹回り2.9m、樹高9m、樹齢200年(推定)
北花沢のハナノキ
 ハナノキは東海地方の山間湿地と滋賀のこの地に自生する珍しい木である。カエデ科で春に葉が出る前に赤い花を一面に付けることが名の由来。国指定天然記念物。
4.正法寺の藤
 日野町鎌掛、幹回り0.7m、樹高3m、樹齢200年(推定)
正法寺の藤ソーメンのすだれみたいだ。
 草津の三大神社と並ぶ藤の名所で、30mほどの藤棚に長い花房(ノダフジ)をつける。訪れた時は花の時期が過ぎていた。この藤は地元の有志がボランティアで管理している。(なお入場料必要)
5.熊野のヒダリマキガヤ
 日野町熊野、幹回り2.5m、樹高13m、樹齢500年(推定)
熊野のヒダリマキガヤ
 カヤの珍種で、普通のカヤの実より実が倍ほど大きく、実に左巻きのらせん状の筋が入っているのが特徴。昔カヤの実は、食料と実から油が取れ、貴重な資源であった。県内で最大のカヤである。国指定天然記念物。
6.熊野のタコスギ
 日野町鎌掛、幹回り7.2m、樹高20m、樹齢300年(推定)
熊野のタコスギ
 裏日本系の幹が分岐しやすい杉で、昔は八本に枝分かれしていたため、この名がついた。この木の横にある熊野神社は、綿向山で修行する修験者の活動拠点であった。
7.本誓寺の黒松
 日野町日田、幹回り2.4m、樹高13m、樹齢300年(推定)
本誓寺の黒松1中心幹からのこの広がりよう。
本誓寺の黒松2下から見ると。
本誓寺の黒松3この回り具合、なぜこんな形に剪定?した。地衣類がこびりついている。
 度肝抜かれた最後の圧巻がこの松。太い枝を境内の半分まで占領し、太く曲がる枝は積年の重みを伝える。よく手入れされた姿が羽を広げた鶴に似ることから「青鶴松」の異名を持つ。本誓寺は浄土真宗大谷派の寺。

 これで一つ、滋賀の魅力をお伝えできましたでしょうか。樹のマニアには堪らない?。否そうでもないよ、でも最後の松はすごいや、という声が聞こえてきそうだ。

 ネコ便りは特集を次以降にでも載せますので、今日はご勘弁を。眠い。
[ 2017/06/17 00:44 ] 滋賀の魅力 | TB(0) | CM(2)

エミリア・プラターは花盛り

 北風が連日吹いて寒いくらいである。陽が落ちると更に寒い。この低温でナスとトウガラシ類はまったく背が伸びない。そこへ雨が降らない。
 田んぼの稲は植えた当初の苗から分けつがまだ少ない。冷夏でなければ良いのだが。
 トマトの株を見ていると、妙に頭の辺の葉が緑濃く、葉がよく繁っている。窒素肥料を吸い上げているようだ。写真の畝は前作が京水菜とレタスの葉物で鶏ふんを施している。トマトには牛ふんとヨウリンを元肥としている。残効チッソが茎や葉に効いているわけだ。
トマトの繁茂トマトの繁茂
 チッソ分を抜くために今日まで脇芽を一切取らなかった。余り効果はないかもしれないが。
トマトの異常茎枝分かれのところに黒い点が見えるが、異常茎になる確率が高い。窓あきの茎になりやすい。
 買い苗2本のミニトマトの花が落花している。昨年の窒素分が全くなかった畝ではミニトマトの落花は皆無であった。早くも悪い影響が出てきている。
 今年も目指せ、トマト第8段(!!)までの収穫。暗雲が立ち込めてきたぞ。

 クレマチスがまだ咲いている。
 マーガレット・ハントは乾燥と花数が多過ぎて、水分が行き渡っていない。蕾が縮こまっている。
エミリア・プラター3題エミリア・プラターで一際華やかな空間になっている。遠くからでも明るい。

<ネコ便り>
外で授乳
 寒さから日向に出てきたネコ親子。クロちゃんが授乳して、シロは束の間の昼寝。アカチャンネコにモフモフ感が出てきた。ここ2,3日でアカチャンネコがじゃれ合うようになってきた。
しばし昼寝のシロその間、シロは束の間の昼寝を。お疲れのようだ。

<今日の一曲>
 ベッリーニの歌劇「ノルマ」の「清らかな女神(Casta Diva)
 以前にも紹介したが、今回はチェチーリア・バルトリで聞く。前回は確かわたしの一押しのルネ・フレミング(ソプラノ)(こっちで再現)であったが、メゾソプラノだとどう違うか、そんなこと分かるか。まぁ、声質からくる音の高低が頭にどう響くか感じてください。
[ 2017/06/13 23:45 ] 庭仕事 | TB(0) | CM(6)

青岸寺の庭は石組が魅せる

 滋賀県内にはわたしの知らない名刹がまだまだあると言うことを実感させてくれた寺を知ることになった。
 曹洞宗の吸湖山青岸寺で庭園のサツキを剪定するボランティアの参加した。(住所:米原市米原669、新幹線、東海道線米原駅から徒歩7分)
 青岸寺は1650年(江戸時代)頃に再建された。同じころに庭も作庭されたが、彦根城の楽々園が築かれるために、この庭の石が移築され、荒廃した。その後、楽々園の作者によって完成したものである。
 この庭の魅力は
  ①石組みを巧みに配置して、石の魅力を感じ取れる。
  ②中央の松の回りに生える苔が水を表現している。
水底を苔に模した枯れ池
 面白いことにはこの寺の東側に山が延び、大雨が降ると4日後に伏流水となって、苔が水の底になる。松の回りの石が岸辺となり、池が現れる。(以上、剪定の先生談)。これは実に見るに値するものと思っている。
 庭園の石組は地中に隠れる部分が少ないので崩れやすい。
枯れ滝枯れ滝を表現した石
 話によると滝を表現した石が倒れたことがあったが、国の名勝指定なので、重機を使って起こせば済む話ではない様である。配置を寸分違わず元に戻すために、復旧に1年掛かったという。

剪定したサツキ石を見えるように。石と石との境界はサツキで隠す。このサツキはわたしが剪定したが、よくできたと思っていたが、こうして写真に撮るともう少し枝を抜く箇所があった。赤丸の部分の石との境をもう少し見せた方が良い。黄色と青の丸の剪定はよくできている。

 ボランティア人員30人足らずが午前中と午後少し掛かり、午後は表側の入り口の木々の剪定をして完了した。
 今日は国の名勝ということで、緊張し妙に疲れた。
 剪定の講評では、サツキ以外の低木を切り詰めれば、バックの石組みがよく見えるという事例を提示され、剪定する意義を知ることができたと目からうろこが落ちる思いだった。この先生、よく見ておられるわと感心することしきりだった。

清岸寺のサルスベリ第一の感動がこのサルスベリ、一目に二百万円??。
 本堂前にあるサルスベリ。わたしの家のサルスベリの太さより倍以上ある。最初見た時、剪定できていないと判断したが、何とこれがこぶ仕立てではない剪定方法であった。枝を伸ばすので、広い場所が必要である。

<ネコ便り>
たそがれるクロ
 育児疲れか、クロちゃんは良く夕方に田んぼが遠く見渡せる、畑の縁まで来て、ボッーとたそがれている。
[ 2017/06/11 22:52 ] 滋賀の魅力 | TB(0) | CM(4)